Who's 近田春夫!?

日本のロック草創期に立ち会い、パンクを輸入し、ヒップホップを世に問い、トランスに狂喜し、CM音楽を星の数ほど量産し、今なおとどまることを知らない音楽愛とその人生とは!?

近田春夫を"知った気"になれる特集ページ
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1951年2月25日 東京都に生まれる。
実家は世田谷区等々力にあり、3歳からピアノのレッスンを受けて育った。

高校時代からバンド・音楽活動を始め様々なバンドで活躍。
1975年「近田春夫&ハルヲフォン」でメジャーデビュー。

1979年 「近田春夫&BEEF」を結成。同バンドは翌1980年「ジューシィ・フルーツ」として分離、デビューした。

ラジオ『近田春夫のオールナイトニッポン』や雑誌『POPEYE』での連載コラム「THE 歌謡曲」を開始。音楽的才覚のみならず、そのキャラクターと豊富な知識が注目され、ラジオDJ、俳優、音楽評論家などしてもひっぱりだこに。TVなどお茶の間でも知られるタレントとして活躍。

1981年 ニューウェイブの影響を受け、窪田晴男らと「ビブラトーンズ」を結成。
同年秋に突如、タレント廃業を宣言
 「タレントが遊びでバンドやってるようなイメージもよくないんじゃないかと思って、たくさん入ってたタレント仕事を全部断って、ミュージシャンに戻ったの。」


1986年 ヒップホップ専門レーベル"BPM"を設立。日本におけるヒップホップの先駆けとなる。

1987年 JAGATARAOTOらと人力ラップビッグバンド「VIBRASTONE(ビブラストーン)」を結成。

DJがかけるレコードをバックトラックにするのではなく、ファンクをはじめとするブラックミュージックをバックグラウンドに持つ強者ミュージシャン達による生楽器に、MCでラップをのせるというスタイルで、ヒップホップを知らない日本の音楽シーンに衝撃を与えた。

1995年 ビブラストーン解散後、ゴアトランスを手がけ始める。

2000年代に入り伝説的オーガナイザー「anoyo」がプロデュースするトランス・バンド「The Lunatic Thunder」を結成。

ソロとしてもテクノ・トランス・プロジェクト「Rice」名義で活動。

2003年 The Lunatic Thunderの初アルバム『KINGDOM COME』。 Rice名義で初アルバム『B.P.M.syndicate』をそれぞれ発表。

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2006年 PRISM / anoyoでのThe Lunatic Thunder

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2008年8月 ステージ4のがんを発症。手術をするものの2012年に再発。
長い闘病期間を経て、2017年にがんを完全克服。

2018年 元The Lunatic Thunderのメンバー・OMBとのユニット「LUNASUN」で活動開始。アルバム『Organ Heaven』をリリース。

2021年2月 自伝「調子悪くてあたりまえ」を出版。ニュース、ラジオなどメディアにも積極的に登場し注目を集めている。

現在はジューシィ・フルーツのイリア、そしてパール兄弟の窪田晴男を迎え、久々となるハルヲフォン名義での新曲レコーディングも進行中。

時代に応じて、音楽のジャンル、シーンを移しながらも、様々なアーティストに影響を与え、数百におよぶCM音楽のプロデューサーとしても活躍を続けてきた。

音楽を愛し、音楽に愛されてきた"最強の70歳" それが近田春夫である。

自伝「調子悪くてあたりまえ」

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著者: 近田 春夫
編集 : 下井草 秀
出版社 : リトル・モア
単行本 : 368ページ

インタビュー40時間超!
日本音楽史のあらゆる局面で、欠かすことのできない最重要人物による貴重な証言の数々

「ただでさえ、放っとけば人間というのは小さくなる。
だからこそ、打って出るという行為には重要性がある。」(本文より)

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山崎努とトヨエツが出てた「黒ラベル」のCM音楽は

“某ヒット曲”を逆から弾いてつくったんだ。

「文春オンライン」 『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』 特集#3

https://bunshun.jp/articles/-/43342

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